中村留を知り尽くしたベテランお二人にインタビュー

今回は、同月に定年を迎えられたベテランのお二人にインタビューしました!
長年勤めているお二人だからこその経験や視点をきいていきたいと思います。

今回も毎度おなじみ 、中村留のゆるキャラ「トメマル」が聞いていくよー!!

橋本 純一 Junichi Hashimoto
光学営業部 部長
1986年4月入社 中村留産業機械 製造部加工課 配属
(*当時、光学機械部門は子会社の中村留産業機械株式会社)
1986年11月 技術部設計課 配属
1988年8月  営業部営業課 配属
1996年9月  中村留精密工業 営業本部光学営業部 配属
現在に至る。

蔵谷 宏行 Hiroyuki Kuratani
販売促進部 部長
1985年入社  営業技術部サービス課配属
1985-1990年 サービス課 大阪支社駐在
1990-1993年 海外営業部 海外ENG課 米国駐在
1993-1996年 技術部 機械設計課 
1996-2017年 販売促進部海外ENG課→サービス部→ 営業技術部(この期間主に海外担当。)
2017-2020年 国内営業部 国内に専念
2021年~   販売促進部 古巣に復帰。現在に至る。
こんにちは。まずは、お二人の入社の経緯を教えてください!
ものづくり企業へ就職を考えていた際、地元新聞紙に掲載されていた、中村留が大手自動車メーカにカムシャフト生産ライン納入の記事を読み、それが動機となって入社しました。
私は、石川県で就職希望をしていました。大学の研究室の教授が精密工学会会長で、その中に中村留も会員としてあり親密感があったので興味をもったことがきっかけです。
なるほど!これまで様々な経験をされたと思いますが、この仕事大変だった、これやりきった!など印象的なエピソードはありますか?
今でこそ当たり前に、液晶パネルはテレビやモニターに使われていますが、ブラウン管が主流であった時、メーカ各社が液晶パネル量産に『我さき!』と向かう黎明期に、当社としても初めての液晶パネル製造ラインを大手電機メーカに納入し、不眠不休の体制で立ち上げ・量産スタートできた事は一生の思い出です。
若い頃は海外案件での社内・現地立上げ作業が多く、スウェーデンの工具メーカにATC複合加工機3台+現地ロボットシステムをうまくドッキングして稼働できた事が印象に残ります。
その機械で加工した部品が後にチリの落盤事故で地下に閉じ込められた方々の救助に使われた掘削機の一番先端につく部品だったと聞いた時は嬉しかったです。
すごい!どちらも心躍るエピソードですね!
そんな様々な経験をされ、長年勤めあげたお二人からみた『中村留の魅力』とはずばり!教えてください!
この地でこの規模で、世界ブランドの最終製品を一貫生産している事は素晴らしい事ですね。また、やると決めた事を最後までやり切る底力はスゴイと感じています。
また、時代の変化と共に、当社もそれに合わせて変化と成長している事も魅力と感じています。
工作機械・光学機械メーカとして、海外のグローバル展開は非常に魅力的であり、加えて国内も北海道から九州沖縄まで色んな地域の方と一緒に仕事ができる事だと思います。
さすが、全世界を舞台にしている中村留だからこそですね! 最後に、今後挑戦したいことを教えてください!
これから成長拡大する半導体業界への新規参入に向けてチャレンジしていきます。その他、年齢に抗って体力をつけていく事です。
マーケティング、カスタマーサクセスなど習得しなければならないスキルが山ほどあり柔軟に対応したいです。 また、今までの経験を活かして思う事を上手く発信して行きたいです。 仕事の話でないのなら・・・・・国内はもちろん海外旅行をいっぱい行って知見を広げたいかな。
橋本さん、蔵谷さんありがとうございました。
トメマルもお二人にならってパワーをつけて留のいいとこどんどん発信していくぞー!